高齢者はなぜ免許を返納しないのか?〜事故と向き合う社会的課題〜

経済

2025年6月、岐阜と長野の県境にある中央自動車道・恵那山トンネルで、99歳の男性が運転する軽乗用車が逆走し、正面衝突事故を起こしました。運転していた高齢男性を含む2人がけがを負い、大きな注目を集めています。

事故そのものの衝撃もさることながら、ネット上では「なぜ99歳でまだ運転していたのか?」「家族は止めなかったのか?」といった声があふれました。
しかし、このような事故は決して偶然ではなく、日本社会が抱える構造的課題が背景にあるといえます。

本記事では、高齢ドライバーによる免許返納の問題を、以下の3つの視点から掘り下げていきます。

  • 高齢者が返納しない5つの理由
  • 専門家・警察・自治体の取り組み
  • 働き世代(18〜60歳)の戸惑いと責任

1. 高齢者が免許を返納しない5つの理由

出典 bestcarweb.jp

①「自分は大丈夫」という自信と過信

多くの高齢者は長年の運転経験に自信を持っており、「事故を起こしていないから問題ない」と考えています。
実際、弁護士ドットコムの調査によれば、60代以上の58%が「返納しない理由」として「運転能力に問題を感じない」と答えています。

ただし、加齢による視力や判断力の低下は、本人には自覚しづらく、事故につながりやすいのが現実です。


② 地方では「生活に車が不可欠」

都市部に住む若年層には想像しづらいかもしれませんが、地方では車がなければ買い物や通院も困難です。
バスは1日に数本、駅まで何キロも歩かなければならない地域も珍しくなく、車は“生活の命綱”となっています。

そのため、「免許を返納したら生きていけない」という切実な声が高齢者から上がっているのです。


③ 家族のサポートが不十分

返納後の生活を支える家族の協力がない場合、高齢者は運転を続けるしかありません。
また、家族が「まだ大丈夫じゃない?」と甘い言葉をかけてしまうことで、返納の決断が先送りされてしまうケースもあります。


④ 「自由を奪われる」という心理的抵抗

車の運転は、移動手段であるだけでなく、自立の象徴でもあります。
免許を返納することで、「もう何もできない」「年寄り扱いされた」と感じ、精神的に大きなショックを受ける高齢者も少なくありません。


⑤ 返納後の支援制度が乏しい

一部の自治体ではタクシー割引やバス定期の補助がありますが、全国的には制度にばらつきがあります。
その結果、「返納しても不便になるだけ」という認識が広まり、返納のインセンティブが弱い状況です。


2. 専門家・警察・自治体の視点

出典 seniorguide.jp

● 専門家の意見:「制度と技術の両輪で防ぐべき」

交通法制度に詳しい弁護士・平岡将人氏は、「75歳以上の事故件数は75歳未満の2倍に上り、操作ミスも顕著に増えている」と警鐘を鳴らします。
また、橋本愛喜氏(Yahoo!寄稿)は「単なる返納呼びかけでは不十分であり、地域の交通インフラやサポートカーの普及も並行して進めるべき」と主張しています。


● 警察の取り組み:「お試し返納」「限定免許」などの制度整備

警察庁では、75歳以上に認知機能検査・実技講習を義務化し、「運転技能に問題あり」と判断されれば免許停止・取り消しの措置が可能です。
さらに、最近では「サポートカー限定免許」「高齢者講習」など、多層的な安全策が実施されています。

島根県警など一部地域では、「1か月だけ車に乗らないお試し返納」を実施。結果、参加者の約30%が正式に返納を決めるなど、一定の効果が確認されています。


● 自治体の工夫:「移動手段の確保」がカギ

滋賀県では、返納者に対し「公共交通の割引」「地域ボランティア送迎制度」などのサポートを導入。
「移動の不安がなくなることで返納しやすくなった」という声が高齢者からも上がっています。

このように、制度と地域支援を組み合わせた環境整備が、事故の未然防止につながっているのです。


3. 働き世代の戸惑いと責任

● 働き世代の声:「親にやめてほしいけど、話ができない」

テレビ朝日などの報道では、40〜50代の子世代から以下のような声が寄せられています。

「父のブレーキが遅れて怖い。でも本人は怒るから何も言えない」
「免許返納の話を切り出したら、逆ギレされた」

親子間での対話が難しいケースも多く、「家族が返納を後押しすべき」という社会的風潮とは裏腹に、実行が極めて困難な状況があります。


● SNS上では「70歳で強制返納を」などの声も

SNSや掲示板では、「70歳で免許は自動的に失効させるべき」「本人にテストを受けさせて、家族も一緒に評価を受けるべき」などの意見も増えています。

一方で、「運転以外に生活手段がない人には、単なる取り上げは酷」という声もあり、社会の分断が見え隠れします。


結論:免許返納は“個人の問題”ではなく“社会の課題”

高齢者の免許返納をめぐる問題は、単に「高齢ドライバーが危ない」という一元的な議論では済みません。
彼らが運転をやめられない背景には、生活環境・交通インフラ・心理的要素・家族のサポート不足といった多様な事情が存在します。

したがって、今後は「高齢者に返納を促す」のではなく、

  • 地域交通の整備(乗り合いバス、送迎制度)
  • サポートカーの普及と限定免許制度の充実
  • 家族が返納を話しやすくなる啓発
  • 返納後も“孤立しない”社会づくり

こうした包括的な取り組みこそが、今求められています。

恵那山の事故を他人事とせず、私たち一人ひとりが「安全と自由のバランス」について、現実的に考える必要があるのではないでしょうか。

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