1 序章──「ビフテキ」は昭和のシンボルだった

昭和後期の外食シーンで“ハレの日”といえば、分厚いサーロインステーキ。ホテルの鉄板焼きカウンターでジュワッと肉が焼ける音は、成長期の日本人にとって〈豊かさ〉の実感そのものでした。1970 年代は高度経済成長の追い風で牛肉の輸入自由化が進み、外食チェーンが続々誕生。中でもファミレス型ステーキ店のはしりとされる「ステーキのあさくま」は昭和 45 年の時点で 40 店舗超まで伸び、“肉=ごちそう”のイメージを全国区に押し上げます。pinzuba.news
2 平成バブルとチェーン乱立
1980~90 年代に入ると、オージービーフや米国産の低関税化が進み、小売価格が下落。外食チェーンは「ライス・スープお替わり自由」で量と価格を競い合いました。1991 年バブル崩壊後も「フォルクス」や「びっくりドンキー」が郊外ロードサイドで店舗数を拡大し、“おなかを満たすコスパ料理”としての地位を確立します。この時代、中高年にとってステーキは〈家族サービスの定番〉であり続けたのです。pinzuba.news
表1 牛肉 1 人当たり年間消費量の推移(精肉ベース/kg)
年 | 1985 | 1995 | 2005 | 2015 | 2020 | 2024* |
---|---|---|---|---|---|---|
消費量 | 4.9 | 5.3 | 5.6 | 6.4 | 6.2 | 6.1 |
*2024 年は概算値。資料:農林水産省「食肉・鶏卵速報」ほかを基に筆者作成。maff.go.jp
グラフ化すると 2015 年を頂点に微減へ転じているのが分かります。健康志向や物価高が影響し、牛肉全般の伸びが頭打ちになってきた時期と重なります。
3 令和の転機──“いきなりブーム”と急失速
2013 年に誕生した「いきなり!ステーキ」は、“立ち食い+厚切り 300g”という尖った提供モデルで話題をさらい、2019 年には約 500 店舗へ急膨張。しかし原材料高騰とコロナ禍で客足が遠のき、2025 年 1 月時点で 175 店舗まで縮小しました。ステーキ業態を象徴するこのアップダウンは、消費者の心が「量より体験・健康」へ傾いたことを示す縮図ともいえます。
4 Z 世代の「ごちそう観」を可視化する
若年層の価値観を探るため、2024 年に都内で実施された街頭アンケート(n=100)の結果を引用します。
表2 「あなたにとってごちそうといえば?」世代比較

順位 | Z 世代(18~24 歳) | 50 代 |
---|---|---|
1 | 寿司(45%) | ステーキ(35%) |
2 | 焼肉(30%) | 寿司(30%) |
3 | スイーツ/パンケーキ(12%) | 焼肉(20%) |
4 | ラーメン(7%) | うなぎ(8%) |
5 | ステーキ(3%) | カニ(7%) |
Z 世代ではステーキがわずか 3% にとどまり、代わりに映えるスイーツが上位へ食い込んでいます。ナイフもフォークも不要で「手早く撮れて SNS に載せやすい」食が、“ごちそう”の定義を塗り替えているのです。
5 ステーキ離れを後押しした 5 つの要因

出典 dear-mag.jp
- 身体的負担:「噛むのが疲れる」「脂で胃もたれ」──SNS に散見される声。
- タイパ志向:切り分けや焼き加減の調整を“手間”と捉え、回転寿司や焼肉のセルフ感を好む。
- コストパフォーマンス:原料高で価格は上昇する一方、満腹感が得にくいと感じる層が増加。
- 健康・エシカル意識:赤身肉の環境負荷や動物福祉を気にかけ、鶏肉やプラントベースへ移行。
- 映えとストーリー:盛り付けより焼き加減が命のステーキは写真映えしづらく、SNS 拡散力で寿司・スイーツに劣る。
6 SNS データが示すキーワードボリューム
2024 年の Google 検索量を AI が解析した結果では、「ステーキ」は前年比 9% 減、一方「寿司」は 1% 減に留まり、焼肉も 8% 減程度。全体が縮む中でもステーキの下げ幅が最も大きかったことが確認できます。
7 外食業界の対抗策と今後の展望
- ミニポーション×高タンパク低脂質:100g×2 カット+グリル野菜で“胃もたれしないご褒美”を訴求
- ライブ感の再定義:溶岩プレートや炙り演出で「動画映え」対応
- サステナブル訴求:牧草肥育や国産ブランドをストーリー込みで提示
- 価格見直し:ディナー主体からランチ定食へシフトし、Z 世代の可処分時間帯に合わせる
こうした打ち手が奏功すれば、ステーキは「特別な重い食事」から「手軽なプレミアムプロテイン」へ再ポジショニングできる可能性があります。
8 まとめ
昭和の“ビフテキ”黄金期から半世紀。ステーキは 〈量と豪華さ〉 で輝く時代を経て、令和では 〈体験とストーリー〉 が欠かせない食へと変貌しつつあります。牛肉消費量が横ばい~微減に転じる一方で、若者の“ごちそう”は寿司やスイーツにシフト。背景には 健康・タイパ・映え という三つのキーワードがあります。
しかし、肉の旨味そのものが色あせたわけではありません。調理方法や提供体験がアップデートされれば、ステーキは再び“特別な一皿”として脚光を浴びる余地を残しています。外食産業が次の 10 年でどのようにリブランディングを図るか──それこそが、ステーキ復権のカギ と言えるでしょう。
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